『主権国家体制の成立』 高澤紀恵 著  1997年刊 山川出版社

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主権国家体制の成立2

 

『主権国家体制の成立』
高澤紀恵 著
1997年刊 山川出版社

 

山川出版社の世界史リブレットシリーズの一冊。

ルターが開けたパンドラの箱、そこから始まるキリスト教大分裂。
虐殺と破壊と略奪、疑心暗鬼と狂気の100年。
最後の最後に箱の底に残ったのは近代の<理性>であった。
そしてその箱は<主権国家>と呼ばれるようになった。

この時代の光景は、現代の破綻国家の姿と重なる。
当時のプロパガンダは印刷で行われ、
現代のルワンダではそれがラジオに変わり
今はモバイルネットワークになっている。
メディアが何に変わろうと
そこで起きるのは500年間変わらずに
虐殺と破壊と略奪、疑心暗鬼と狂気である。

パンドラの箱の底に、今は何が残っているのだろう。

 

主権国家体制の成立1

 

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『「日本人論」再考』船曳建夫 著 2003年刊 NHK出版

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日本人論再考2

 

『「日本人論」再考』
船曳建夫 著
2003年刊 NHK出版

 

明治以降、数々書かれてきた
「日本人論」というものを振り返り
これから現実として形作られていくであろう
<日本人>について語られた本である。

とても有意義な内容であると思う。
明治から戦後までの「日本人論」に関する考察はなるほどと感じさせられるし、
現在の日本人的感性に関する考察には身に染みるものがある。

しかし、それだけの分析を重ねながらも、
これからの「日本人」像についてはとても曖昧な印象が残る。
まあ、それは現在を生きている「日本人」自身が
試行錯誤しながら形作っていくものではあるのだろうけれど…

 

日本人論再考4 日本人論再考1 日本人論再考3

 

 

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『不幸音信帳から見た村の生活』―信州上伊那郡朝日村を中心として― 有賀喜左衛門 著 1968年刊 未来社 『有賀喜左衛門著作集5―村の生活組織―』より 

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有賀喜左衛門著作集5_2

 


「不幸音信帳から見た村の生活」

―信州上伊那郡朝日村を中心として―
有賀喜左衛門 著
1968年刊 未来社
『有賀喜左衛門著作集5―村の生活組織―』より

 

柳田國男門下で日本の民俗学・社会学の大先生による研究
この「不幸音信帳から見た村の生活」は
日本の贈答分野の研究ではよく引き合いに出されます。
(初出は昭和9年『歴史学研究』2巻4号)

「不幸音信帳」とは贈答を記録した帳面
今風に言うなら、わが家の<おつきあいノート>
「音信」は「インシン」と読み
「音信物」といえば贈り物のことです。

とてもとてもプライベートなものですが
そんなものが日本の田舎には
江戸時代から残されているところがあって
それを蔵の奥から引っ張り出してきて
並べて比べる、という地味で
とても生活に密着した研究です。

この著作には他にも
葬式の時の役割分担のことや
さらに村の組織のことなどについても言及されており
そのあたりを読んでいると
村の一大イベントイベントが
葬式組を中心にジオラマ風に
再現されているような感じがします。

なかでも食事のあたりがおもしろい。
「板の間というのは料理方をいうのであって、
(中略)葬儀の料理は婚礼などと違って、精進であるから簡単であって、
(中略)例えば蒟蒻を茹で、細かく切り、これに芥子をかけたもの
(刺身の代用といっている)、ひじき、人参大根のあえもの…」

「自分達の食事や雑談のために
相当多くの時間を潰しているようなものであったに違いないけれども、
一方から見ればこれが円滑にことを運ばせる原動力にほかならなかった」
という感じです。

みんなが家々から食材を持ち寄って、
それを簡単な料理にして、食べて飲んで宴会している。
仲間で、ファミリーで、アットホームな雰囲気。
葬式がなんだかあたたかい。

しかし、そんな葬式も
音信帳に金銭の記載が増えて行くにつれて変化していく。
その変化を「不幸音信帳から見た村の生活」は
最後に、以下のように述べている。

「個々のひとが他に対する同情を持つだけの心のゆとりがなければ、
名ばかりの相互扶助は村落生活をいっそう苦しい、
潤いのないものに投げ込むのである」
「空疎化した隣人の義務の表現」
「形式的に、喪家へのつき合い関係の格付けによってほぼ一定している。
これは金銭の香奠になって来ていっそう、そうである」

 

有賀喜左衛門著作集5_1

 

 

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『キリスト者の自由 他』 マルティン・ルター 著 石原謙 訳  1955年刊 岩波文庫

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キリスト者の自由3

 

『キリスト者の自由 他』
マルティン・ルター 著 石原謙 訳
1955年刊 岩波文庫

 

ここに書かれている抽象的で格調高い宣言に
当時の民衆が共感したとは思えない。

「見よ、これが、心をあらゆる罪と律法と誡めとから
自由ならしめるところの・・・」と迫られても
多くの人びとは<なに、それ。まじ、ひくわ~>
であったのではないだろうか。
ルターを支持した領主たちも
<教皇権否定。それウケる~
でも、逆らったらコロす。>
くらいのことだったのだろう。
俗世の論理には神の入り込む隙間などないのである。

少なくともここ500年、この世に神がいたことなどない。
宗教改革で純化され、愛と義しか受け付けなくなった神は、
天上のクリーンルームから降りてくることができなくなった。
ちょっとでもそこから出たら
500年前と同じようにご利益の空手形にされて、
永遠に叶わない希望としてリツイートされ続けることになるだろう。

キリスト者の自由1

 

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『宗教改革とその時代』 小泉徹 著  1996年刊 山川出版社

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宗教改革とその時代2

 

『宗教改革とその時代』
小泉徹 著
1996年刊 山川出版社

 

歴史教科書の出版実績で有名な山川出版社の
世界史リブレットシリーズの一冊。
教科書的な歴史でも少し角度を変えて深く掘ると
面白くてわかりやすいものに変わる。
歴史の中のそこが知りたい、そこが面白い
というツボをピンポイントで押さえながら
しっかりとした安定感もあるのは
熟練出版社ならではの職人芸だろうか。
信頼できる<キュレーション>というのはこういうものだろう。

天文学的粗製乱造とフェイクによって
混乱を極めている情報社会に生きていると、
宗教改革当時のカトリックの人たちが
当時の新メディアであった印刷技術に
懐疑的だった気持ちもわかる気がする。

彼らが現代に来たらきっと良識的にこう言うかもしれない
「歩きスマホはやめなさい、
・・・そこに神の意志は宿らないから。
大切なことは直接会って伝えなさい、
・・・それが義であるから。」

 

宗教改革とその時代1

 

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500年後の誘惑 クラーナハ展図録 グイド・メスリング 新藤淳 他編著  2016年刊 TBSテレビ

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クラーナハ2

 

クラーナハはエロでありグロである。

 

クラーナハ7

 

今ならサイコパスと言われそうな女性像や

少女のような裸体、エロじじいと金目当ての情婦など

スキャンダラスなテーマで絵画を量産した

俗っぽいメディア企業のトップ

のようにも思えるが

はるか後世まで参照され続ける改革者の肖像や

祭壇画も同時に描いている。

 

クラーナハ12

 

顧客の様々な要望に応え

硬軟取り混ぜて

ハイカルチャーでもサブカルチャーでも何でもありで

どこよりも素早く完成度の高い仕事を仕上げる

16世紀版「プロフェッショナル 仕事の流儀」で

時代を駆け抜けた。

 

現代まで参照され続けているのは

ルターの肖像だけではなく

メディア企業としてのクラーナハ工房の肖像。

宗教改革だけではなく、

職業改革でもあったといえるのかもしれない。

 


 

● 関連する記事 ~宗教改革の時代に関して~ ●

・『宗教改革の真実』 永田諒一 著

・『宗教改革とその時代』 小泉徹 著

・『主権国家体制の成立』 高澤紀恵 著

・『クラーナハ《ルター》』 マルティン・ヴァルンケ 著

・『500年後の誘惑 クラーナハ展図録』グイド・メスリング 新藤淳 編著

・『宗教改革』 オリヴィエ・クリスタン 著

・『キリスト者の自由 他』 マルティン・ルター 著

 

● 周辺の記事 ●

国立国際美術館105 地下室のアート ~国立国際美術館~

 

 

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『クラーナハ《ルター》』 マルティン・ヴァルンケ 著 岡部由紀子 訳  2006年刊 三元社

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クラーナハルター1

 

『クラーナハ《ルター》』  
マルティン・ヴァルンケ 著 岡部由紀子 訳
2006年刊 三元社

 

宗教改革の歴史が語られる時、
必ずと言っていいほど登場するルターの肖像。
その肖像は政治的な利用のために巧妙に描き分けられていた。
描かれた肖像の政治的背景と
それを描いたクラーナハ、描かれたルターの関係。
現在不動のものとして流通する宗教改革者のイメージが
どのように図像として成立していったかを解説する。

100ページあまりの小さな本で
本体価格2000円はちょっと高いけれど
政治と美術と宗教が交錯する内容はとても興味深い。

 

 

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『宗教改革の真実』 永田諒一 著  2004年刊 講談社現代新書

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宗教改革の真実3

 

『宗教改革の真実』
永田諒一 著
2004年刊 講談社現代新書

 

後半細かな具体例に入り込みすぎている感じもするが
宗教改革が宗教自体の厳格化と同時に
生活の世俗化=都市政府台頭をもすすめた、
あるいはその両方が時代の枠組みの根底からの変化の
現れであったということがよくわかる内容になっている。
そしてこの枠組み変化とは
宗教体系と日常生活のリンクが外れたことを意味する。
現代に至る<世俗主義>のはじまりである。

 

宗教改革の真実1

 

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『マネーの進化史』 ニーアル・ファーガソン 著 仙名紀 訳  2009年刊 早川書房

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マネーの進化史2

 

『マネーの進化史』
ニーアル・ファーガソン 著 仙名紀 訳
2009年刊 早川書房

 

アメリカの学者やジャーナリストの書く本はやたらと分厚い。
そして重い。
書架に占める面積もしくは体積こそが、その本の価値であると
言わんばかりである。
だから電子書籍になってくれることがとてもありがたい。
そして合理的だと思える。
この『マネーの進化史』も500ページくらいある
(それでも同じ著者の『憎悪の世紀』に比べれば半分くらいなのだが)

この本の場合、どの章もそれぞれ興味深いのだが
全体としてはやや見通しが悪い気がする。
現代の金融の混乱から遡って
マネーの<リスク>というところにフォーカスしてもらうか
逆に現代の混乱から一歩引いて歴史的視点に徹してもらうか
した方がわかりやすかったように思う。
メソポタミアのトークンとシカゴのオプションをつなぐ線が
少々伸びすぎて霞んでしまうのである。

 

マネーの進化史1

 

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『無葬社会』 鵜飼秀徳 著  2016年刊 日経BP社

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無葬社会4

 

『無葬社会』
鵜飼秀徳 著
2016年刊 日経BP社

 
『寺院消滅』という本がベストセラーになったので
これは二匹目のドジョウを狙って書かれた、
などというのはもちろん失礼である。
 
ホームレスの人たちが
最期は仲間に看取ってほしいと願うところなど
しっかりとした取材がないと出てこないであろう
人間社会の本質に迫る感動的なエピソードである。
連載記事としてなら十分以上の内容である。
ただ一冊の書籍としてみた場合、
豊富な取材が仇になって
まとまりに欠けているのが残念なところである。
 
もちろん現場の現実は
多様で雑多でまとまりのないものなのだから
仕方のないことなのだけれど・・・
 
無葬社会2

 
 

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