弊社では従来のオフィス用カラー複合機に代え、
オンデマンド印刷機を導入しました。
取扱いの難しさはありますが、
質の高い印刷物の内製化により
お客様からのご要望に対するきめ細かく素早い対応が可能になります。
4月25日 JGCグループの2017年お中元商談会が
ホテルシティプラザ大阪で開催されました。
定番から新製品まで取り揃えられた商談会で
一部繊維製品なども並びました。
好評の順造選からは女性の人気のザクロとクランベリーの
ミックスジュースやデザインが素敵なジャムなどが新発売。
クランベリーは特に順調で新CMも発表されています。
ちょっと変わった新製品としては冷凍クリームパン。
ロバのパンで有名な清水屋さんの製品です。
高級感がありますね。
子どものおやつから手土産に格上げされた<絶品パン>です。
ナガノトマトさんからは特別栽培のケチャップや
チューブに入ったなめたけなどユニークな製品が出品されていました。
モンドセレクションや官公庁のお土産で有名な
平松食品さんからの出品は
高級佃煮ギフトや、新製品の愛知丸ごはんギフト。
見ているだけでおなかが減りそうです。
おいしそうですが食べられないクッションや
おいしくなさそうですがかわいい木馬のおもちゃなどもありました。
『レヴィ=ストロース―構造』
渡辺公三 著
1996年刊 講談社 <現代思想の冒険者たち 第20巻>
この本ではまずこの写真
でもこの子が
となって
と思ったら こんな落書きをしていて
でもこれがボードレールの「猫」という詩に関するのかもしれないもので、
それはヤコブソンといっしょにやった構造分析のはじまりで
そこには音韻、語彙、文法云々の何とかがあるというのは
フランス語を知らないとまったくわからない…
そしてやがてこの気難しそうなじいさんの顔になっていく
というか、枯れていく感じ。
確かに顔の「構造」は同じはずなんだが…
という、ややマニアックな写真が並んでいるあたりからもわかるように、
けっこう詳しい解説書です。
最近高速道路のICができて訪れやすくなった湖東三山。
比叡山・天台宗の寺院として中世には大きな権力を持っていましたが、時代の節目に登場した魔王織田信長に散々な目に会わされて没落します。
ここ西明寺も焼き討ちされるのですが、現在国宝に指定されている本堂と三重塔は何とか残りました。
確かに山の上の木造建築にいる敵には、下から火を放てば極めて有効だったのでしょう。
下からやってくる炎とその背後の弓や鉄砲、相手の陣容さえ把握できなくて、上に逃げても炎は自動追尾してくる。
夕方に一人でこの場所に立っていると、その時の叫び声が聞こえてきそうです。
でも貴重な文化財をそんなに簡単に焼いてしまっていいのか?
<オレは古臭い木の人形など欲しくない。薄暗いボロ小屋もいらない>
<支配権さえ手に入れればいくらでも新しく作れる>
<オレ様は未来志向なんだ!だから古いものは全部焼け!!>
<焼かなければお前ごと焼くぞ!!!>
くらいの合理的で強引で近代的な論理だったのでしょう。
時代が変わるとはそういうことなのでしょう。
境内には樹齢1000年の杉をはじめとする古木も多く、四季折々の花も豊かです。
信長の焼き討ちの後に育った木々でさえ既に樹齢400年。
人々の時代が何度変わっても、その背景で自然は静かに時を重ねます。
権力の牙を失って久しい寺院は、山の奥でひっそりと古刹の時間を刻みます。
今は春ですが一部に紅葉も見られました。
透き通るような赤色でした。
季節が暮れていく頃には、この紅葉が境内に広がり、絶景に変わっているでしょう。
世界遺産にもなれず、サミットの誘致もできなくて、今では伊勢、熊野との知名度の差がかなり開いているようにも思える多賀大社であるが、昔はそれらと並ぶ参詣の名所であった。
俗世と神域をつなぐ石の太鼓橋(太閤橋)は太閤秀吉の寄進によって整備されたもののひとつであり、
立派な本殿は災害にあうたびに幕府に再建してもらっている。
さらに神事用の大釜も新調している。
多賀大社の国家レベルの霊験あらたかさは8世紀の養老年間に遡る。
時の天皇の病が多賀の神官の献上した飯で全快したのである。
それ以来、しゃもじは多賀大社の重要なアイコンになっている。
お祀りしているのは日本の国と八百万の神々を生んだ伊邪那岐と伊邪那美である。
米粉で作ったもっちりとした感じと素朴な甘さにこしあんが絶妙な名物「糸切餅」の起源も、元寇に遡るらしい。
相対的に知名度は低くなってはいるものの、参詣者は絶えないし、ご祈祷も行列ができるほどひっきりなしに行われている。
現代の著名人たち自筆の絵馬もたくさん並んでいる。
ここは京都や奈良と違い、外国人観光客が大挙して訪れることのない、日本人だけの聖地であるとも言える。
静かな神域にとって大切なのは写真を撮って帰るだけの外国人観光客ではなく、深い信仰心の証や生々しい現世利益の願いのために出費を惜しまない人々である。
1984年に奉納されたらしいサントリーのウィスキーの価値は、30年以上を経た今では数千万円に跳ね上がっているのだろう。
これこそが現世利益数百倍の多賀大社の奇蹟だろうか…
帰りには、ここでしか出会えないレアなキャラクター飛び出し巫女のたがゆいちゃんに交通安全祈願をしておこう。
『贈与の研究』
比較法学会 編
1958年刊 有斐閣
日本、英米、ドイツ、フランス、ソ連、中国の 贈与法の比較をした本である
21世紀の今になって、1958年当時の比較に どれほどの意味があるかというのは疑問ではある (もう「ソ連」なんて国も存在しないのに…)
が
日本法学会の大家が 昭和の中頃に
「贈与」というものを どう考え、どう感じていたか
そのところを少しお伺いしたい…
何故なら、「法」というものが当時の国民意識の大きな流れであり
その反映だからである。
(もちろん固定化された「法」と流動的な国民意識の間には常にズレはあるとしても)
というわけで 来栖三郎大先生が担当された「日本法」の部分から引用
「欧米大陸諸国の贈与法の基礎を為している贈与感は贈与を好意とみている。
これに対して日本の贈与法の基礎を為している贈与感は 贈与を義務義理乃至恩より生ずる義務とみたが故に、 贈与はしようとしまいと自由だ、
それをしてくれたから贈与を受けた者は贈与者に感謝すべきだということにならない
むしろ、義理からにせよ恩からにせよ、 贈与者側で贈与しなければならない義務が
あると意識しているからこそ贈与するのである。
贈与するしないはどうでもいいのではない。
だから贈与は無償だとて軽視すべきではないのである。
その贈与感の下では、未だ有償契約と無償契約の社会的作用の差異に充分考慮が払われない。」
法律は贈与を義務だと見ていた、というのは
現在の感覚からすると驚きであるが
人類学的には
モースが述べた<全体的社会的現象>である贈与の姿そのものである
「それは、宗教的な制度であり、法的な制度であり、倫理的な制度である―
この場合、それは同時に政治的な制度でもあり、家族関係にかかわる制度でもある。
それはまた、経済的な制度である」(『贈与論』序論)
南の島の裸で槍を持って踊っている奴らの掟と
我が日本国の由緒正しい民法が同じだなんて!
そう、南の島の掟にも
何百年か何千年か何万年かをかけた
由緒正しさがある
ということで
大事なのは
そこにみられる普遍性と
それを解釈する人々のあり方。
「どんな時代にあっても活動しているのは、
そしてどんな場所にあっても活動してきたのは、
人だからである。社会だからである。
精神的存在としての、
生身の存在としての人間の感情だからである」
(M.モース『贈与論』)
『贈与の哲学』
-ジャン=リュック・マリオンの思想-
岩野卓司 著 2014年刊 明治大学出版会
フランスの思想家J.-L.マリオンの思想を紹介する講義録
キリスト教系で現象学なので
神がカッコにくくられたり、神に×がついたりします。
さらに神は存在さえしなくなります(キリスト教なのに!)
それでもその先で
もちろん愛で
無限の与えとして………
みたいなことになります。
『評価と贈与の経済学』
内田樹 岡田斗司夫FREEex 著
2013年刊 徳間ポケット
気軽に読める対談ではあるが、
多くの重要な視点が示されており豊かな内容になっている。
元気でヒマで生きがいを求めているなら、
若者よ!何でもいい、とにかくまずは人に親切にしてみることだ。
「親切は目減りしない」(内田)のだから、
誰に親切にしたって、君は損もしないし、傷つきもしない。
親切にして、親切にして、あとはただ期待しないでお返しを待っているだけでいい。
「自分が他人からなにをしてもらえるかより先に、
自分が他人になにをしてあげられるかを考える人間だけが、
贈与のサイクルに参入できる」(内田)
それは「何万年も前からはじまっている贈与と反対給付の長いサイクルのひとつ」(内田)なんだよ。
そのサイクルの中でサッカーみたいにパスを回していくんだ。
そして「物をぐるぐる回すことが、結果的に人間的な成熟を可能にする」(内田)んだよ。
わかるかい?
「生きる根拠がないと悩んでいる人たちは、
他人に生きる根拠を与えることでしか、その悩みは解決しない」(岡田)んだよ。
「人間は強いものに導かれて強くなるんじゃなくて、弱いものをかばうことでしか強くなれない」(岡田)んだぜ。
結局は「贈与は<思ったもの勝ち>なんです。
贈与を受けたので、反対給付義務を負ったと思った人間の出現と同時に経済活動がはじまった。
無からでもはじめられるというところが、
経済活動に込められた人類学的叡知」(内田)なんだよね。
といった内容です。