「お下がり」という発明

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神仏に供えられたものが

「お下がり」として周囲に配られるという行為は、

富を再分配するある種の経済活動を表しているようだ。

寄進する者は自らの所有権を神に向けて放棄する。

寄進された「モノ」は世俗の権利関係から切り離され、

一旦この世のものではなくなる。

その時、財は浄化され「浄財」となる。

そして「浄財」は誰のものでもない新たな財

「お下がり」として世俗に還流する。

世俗の富の偏在が神の前の再分配として調整されるのである。

冨を再分配するために

社会の中心に超越者を据えるというのは

人類史上最大級の社会的発明であっただろう。


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空白の意味

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お祝いとその返礼の間には一定の空白期間が必要である。

通常は1ヶ月くらいの期間である。

 

それは何故か?

 

その単純な疑問には単純な答がある。

 

お祝いを渡して、その場で返礼を受取ると

それは単なる物々交換になってしまうからである。

 

誕生のゆらぎ ~いのちを判断するもの~

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出産という行為が、産屋で産婆によって行われていた時代。

産み落とされたものを、<いのち>としてトリアゲルかどうかは

産婆の判断に委ねられていた。

 

明治以降、富国強兵の世相では

産まないという判断の余地は狭くなっていった。

大正期にはその反動と自由の風潮から

平塚らいてうが避妊の権利を訴えるようになった。

多くのいのちが失われた戦争の時代を経て

一気に260万人が生まれ続けるベビーブームになり

優生保護法が施行されると年間100万人が中絶届けを出すようになり

さらに100万人が届けを出さずに中絶した。

誕生は大きく揺らいだ。

 

胎児をデキモノのように「取る」時代には

その反動として水子供養を流行らせた。

そしてどんな赤ん坊も絶対死なせないというのが

医学のミッションになった。

 

何を<いのち>として認識するかは

その時代時代の判断によるところも大きい。

現在は「受精卵は生命の萌芽」(文部科学省)である。

<いのち>を判断するのは医学と政治でもあるのだ。

 

 

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参考文献:『近代化のなかの誕生と死』

国立歴史民俗博物館+山田慎也 2013年

 

 

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貢献のはじまるとき

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個人・法人を問わず「社会貢献」の重要性が語られることは多い。

「社会貢献」が盛んになるのは社会の成熟の証であるとも言われる。

それはなぜか?

個人の衣食住が整って文化や社会全体に

目が向けられるようになるからであろうか。

豊かになりお金持ちになり過ぎた人が

自らの富裕さを誇示するために寄付がはじまるのだろうか。

確かに一面ではそういうこともあるだろう。

でもそれは現象の一部分であって本質ではない。

 

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では、その本質は何か?

それは自らの成り立ちへの気付きであろう。

個人であれ、法人であれ

今ここに存在していられるのは

社会というものの存在を前提としてのことである。

社会があることによって個人も法人も存在できる。

自らの存在がその社会によって

与えられ支えられているものであると気付いた時、

与えられたものへのお返しとして<貢献>が始まるのである。

見返りを求めず一方的に貢ぎ、献げるのは、

すでに多くを受け取ってしまっているからである。

 

存在は与えられたギフトであり

貢献は行動するギフトである。

 

それは自然に対しても同じである。

自らの命が自然によって与えられたものだと気付いた時

内的動機に導かれた環境保全がはじまるのである。

そしてそういう気付きを得て

「ありがとう」と言えるようになることを

<成熟>というのであり、

その成熟は年齢とも収入とも無関係である。

「結婚の儀」から「恋愛ドラマ」へ

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天皇家の結婚式である「結婚の儀」は、

日本における一般的な結婚式のお手本とされてきましたが、

それが始まったのは明治33年(1900年)5月10日。

大正天皇の婚礼の日からです。

宮中での婚儀から馬車でのパレード、

新郎新婦が手に手をとっての饗宴、そして新婚旅行…

という当時としては時代の最先端を切り開くような

極めてモダンな結婚式の姿でした。

中央集権の統一近代国家たらんとする当時の日本において、

その統一の中心であったのは天皇ですから婚礼においても

天皇家の式次第がスタンダードとなったわけです。

しかし、それは国家が法律で結婚式の方法を決めたということではありません。

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江戸の結婚式

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明治の「結婚の儀」を手本とした永嶋方式が世の中に広がる以前、

日本の結婚式には神様の登場するシーンはありませんでした。

親族や知り合いを中心とした「人前式」が一般的でした。

その頃の結婚式のメインは花嫁が輿に乗せられて親戚一同と共に

婿方へ向かう「花嫁行列」でした。

花嫁が婿方の敷居をまたぐことを「輿入れ」、

その後婿方で行われる杯事を「祝言(しゅうげん)」と呼びました。

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さらに大昔の結婚

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江戸時代をはるかに遡って、日本の古代における結婚。

その頃は「妻問婚(つまどいこん)」という形が一般的だったようです。

男が女を娶るのではなく、男が女の家を訪ねて行くというスタイルです。

その場合子供は母方に育てられることになります。

女性を軸にしながらその男のキョウダイが一族を管理することになります。

この家族の在り方が日本において摂関政治を成立させる根拠ともなりました。

これと似た形式は、民族学的には珍しいものではありません。

この場合女性にとっては夫よりキョウダイ、

その子供にとっては父親よりオジが重要な存在となります。

 

「引出物」と「内祝い」の関係

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少々古めかしいしきたりでは、新婦が婚家に入ると、挨拶回りを行うことになります。

その時に配るのが本来の「内祝い」。

挨拶回りの時にお祝いを頂き「内祝い」を渡していたのです。

プレゼント交換というか、挨拶という意味では名刺交換に近かったかもしれません。

(逆に考えると日本人の名刺交換好きは、この挨拶回りの民俗に影響かもしれません。)

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白無垢の秘密

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花嫁が結婚式で着る「白無垢」。

婚家の色に染まるとかあなた色に染まるとか、

「白」に関する現代的な解釈はありますが、かつてその「白」は「死」を意味するものでした。

 

そして「お色直し」はそこからの「再生」を意味しました。

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神様から家族へ~クライシスを越えて

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結婚式の披露宴では最初に挨拶するのは「一番偉い人」と決まっています。

偉い人の堅苦しい話からスタートして同僚や友人の砕けた話となり、

最後は両親の涙で終わります。

 

偉い人の話の手前には神様の前での誓いの儀式があります。

結婚式には、神様から家族へ、フォーマルからインフォーマルへ、

公的から私的へ、上流から下流へという一貫した流れがあります。

一番上流にある「健やかなる時も病める時も…」という誓約の言葉は、

いつも変わりません。

形式的で退屈なものですが、この変わらなさこそが「神聖さ」の証です。

神様は不変だからありがたいのです。

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