奇巌の居心地 ~最高裁判所~

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1974年竣工の最高裁判所。「奇巌城」などとも揶揄される

極めて特異な外観の建物である。

 

 

極端に窓が少ないためか

厳かで脱出不可能な牢獄という感じもする。

とにかく石の塊としての存在感に圧倒される。

 

 

ところが設計者の岡田新一の論文を読むと、

この設計は閉鎖性ではなく流動性を求めたものらしい。

「この空間は向かい合う2方向は壁によって外界から隔てられるが、

それと直角の2方向は開口―窓ではなく―によって

外部空間に連続する。」

 

 

さらにそれは

「日本建築における内外空間の流動的関係に類似する」

ということである。

 

 

確かに正面から見て左手の正面入口の先は、

巨大な2枚の壁で区切られた空間であり、

そこにあるホールは巨大な吹き抜け空間であり、

さらに奥の大法廷にも巨大な天窓があるということなので、

空間の設計としては開かれているのである!

 

 

何があっても壊されない最高の法の支配力の象徴

にしか見えないこの建物は「胎内的な安堵」のある

「古く忘れられた感覚を呼び醒す」ことを

発想の原点にもっているというのである。

 

 

このどこから見ても重苦しい石の塊は、もしかしたら

中の人にとっては、意外と居心地のいいものなのかもしれない。

カッパドキアの洞窟住居のように・・・

・・・それこそまさに<奇巌城>であるが・・・

 

 

 

本棚のお化け ~国立国会図書館~

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国会図書館は、その名の通り国会に付属する図書館であり、

国会議事堂の参議院側の隣にある。

 

 

雑誌類なども含む蔵書数は4000万を超え、

年間の運営費だけで181億円もかかる。

でも、一般の利用者数はそれほど多くはない。

利用しにくいのである。

あまりに膨大な資料があって、

探し出すのに時間がかかり過ぎるからである。

 

なので国会図書館は法定納本制度によって

とにかく本が集まり続け、ほとんどそれを整理し続けるだけの

本棚のお化けなのである。

 

 

しかし、日本で出版されたあらゆる本が集まるこの場所では、

時代やジャンルを縦横に渡る興味深い展示か行われることがある。

 

現在行われている「挿絵の世界」もたいへん見応えのあるものだった。

展示されているのは90点で、それほど広くもない会場なのに

1点1点立ち止まってじっくり見て、解説を読んで

深く頷いてしまうような企画である。

 

明治のはじめの新聞で競い合った二人の浮世絵師、落合芳幾と月岡芳年。

大正浪漫の水島爾保布や高畠華宵。

戦時中に子供向けに軍事技術を図解した小松崎茂。

そして戦後のグラフィックデザイナー達や

21世紀になっての「涼宮ハルヒ」のいとうのいぢまで。

どこかで一度は目にしたことのある挿絵の120年が

ひとつの知識としてつながる面白さがあり感動がある。

 

 

 

 

こんなことができるのなら

あと2億円くらい予算を追加して

企画に困っている日本中の美術館で

巡回展示を行えばいいのではないだろうか。。。

 

五重塔のチャンピオン ~東寺~

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法隆寺のものをはじめとして日本には数多くの有名な五重塔がある。

そのなかでチャンピオンを選ぶとしたら、やはりこの東寺の五重塔

ではないだろうか。

 

 

それはこの塔が古いからでも高いからでも美しいからでもなく、世界の観光地古都京都のシンボル、ランドマークだからである。

新幹線に乗ってこの塔が見えたら、ああ京都だ、と誰もが思う。

 

 

舞妓さんと五重塔を並べて描けば、

それは世界に通じる典型的な<KYOTO>のイメージになる。

女性・ファッションというソフト文化と

僧侶・建築のというハード文化の組合せ。

それは明と暗であり、凹と凸である。

対照的なものを並べて全体を暗示するものだ。

とても陳腐でありながら世界中でコピーされ続ける

強力なイメージである。

 

 

この京都中央郵便局のスタンプのように。。。

 

そこに描かれているのがほんとは八坂の塔と、

単なる日本髪の女性であっても、

それは東寺&舞妓と認識されるだろう。

 

 

もちろん金閣寺や清水寺のイメージも強力ではあるが

五重塔にはシルエットにしても一目でそれとわかる強さがある。

密教が得意とするシンボルの力だろうか。

 

 

そして舞妓さんの代わりに鹿を描けば

そこはたちまち<NARA>になる。

もちろん五重塔は法隆寺のものだと

勘違いされるに違いない。

 

日本で一番高い山は誰でも答えられるが、

二番目は難しい。

五重塔も二番目に高い興福寺のものは、

意外と忘れられる。

 

落日コレクション 49

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びわ湖周辺の美しい落日の風景

 

 

湖岸なぎさ公園。打出の森周辺。

建物はびわ湖ホール。

 

 

打出の森のはびわ湖を臨むカフェやレストランがあります。

 

 

お城の形の建物は、休館中の琵琶湖文化館。

博物館としての使命は終えていますが、

湖岸大津のランドマークのひとつです。

 

 

2017年10月11日 大津にて

 

国会インタビュー

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国会で障がい者施設の製品を販売されている砂長美んさんに、

インタビューをさせていただきました。

 

 

 

国会での販売の経緯など、お聞きした話をまとめ

来年度のJGCグループのカタログに掲載させていただく予定です。

 

 

砂長さんは先日本の出版もされていて、

この時は参議院議員の山本先生などにもご挨拶されていました。

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ビルの谷間の猿の王 ~日枝神社~

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高層ビルを背景に従える東京の日枝神社。

徳川の時代から江戸の産神と呼ばれた全国3800の山王信仰の出世頭です。

 

 

山王信仰は天台宗とともに広がったもので、

日枝神社も比叡山の日吉大社から川越経由で分祀されたということです。

日枝=比叡です。

そして「日吉」も昔は「ひえ」と読まれていました。

 

 

なのでここにも比叡山でおなじみのお猿さんがいて、

鳥居の形も日吉大社と同じです。

 

 

比叡山の日吉は大きな木に囲まれた森の奥にありますが、

東京ではビルの谷間に鎮座しています。

 

 

ピンクの答え ~国会議事堂~

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国会といえば、権力闘争の場であり議員同士が足を引っ張り合い、

嘘と言い訳で塗り固められているかのような報道ばかりがされる。

 

 

しかしその舞台である国会議事堂をよく見ると

そんな印象とは正反対の整然とした美しい建物である。

 

 

報道写真などでは外壁は白やグレーに見えることが多いが、

使われている石材は広島県倉橋島産の桜御影(議員石)で、

実際の壁面は意外なほどやさしいピンクである。

 

 

竣工は昭和11年。築80年を越えているが、古びた感じはしない。

補修などがしっかり行われているためであろう。

 

 

この建物の色を印刷に使う4色で分解すると

黒を除く青と赤と黄色が概ね30~40%で混じり合ったものである。

それは保守、革新、中道の3色がバランスよく混じり合って、

その上で腹黒さは排除するという意味なのかもしれない。

 

 

この立派に誇り高く保たれている建物が、

真っ赤な嘘と白々しい言い訳と泥のなすり合いによる

濁った玉虫色の妥協に染められないことを

願いたいところである。

 

 

議場も立派である。もしかしたら政治の場としては

格式が高過ぎるのだろうか?

それが時代に合わなくて、政治への関心が薄れたり、

特別視され過ぎたりしている原因のひとつなのかもしれない。

 

 

議事堂には道路をはさんで前に広い庭がある。

回遊式庭園や日本水準原点や憲政記念館がある。

訪れる人は少なくて、自動販売機のジュースがちょっと安い

穴場である。

 

 

ウルトラ保守の牙城 ~霞が関・財務省~

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野口悠紀雄が『1940年体制』の旧版の序文で

「巨大な軍艦が陸にのり上げたようにうずくまる無骨で陰気な建物」

と書いた財務省本館(旧大蔵省本庁舎)。

 

 

実用重視で不愛想な建物が多い霞が関の官庁街の中でも、

この建物の印象は特に陰気な印象である。

 

 

この建物は戦時中に建設され昭和18年に完成している。

本来なら文化財にもなりそうな古さであるが、

太平洋戦争の戦況がどんどん悪くなっていく頃の、

物資も人出も足りない中での建設なので、

それらしい装飾などは皆無である。

 

 

現在は建物の表面にタイルが貼られているが、

以前はまさに人を威圧する巨大なコンクリートの塊であったようだ。

さらに屋上は本土決戦に備えた焼夷弾除けも施されていたということだ。

 

 

ちなみに隣の文科省や向かいの法務省は文化財指定されていて

公開されている部分もある。

しかし財務省はどこからみても監獄のように閉鎖的な印象で、

堅苦しい霞が関の中心にあるウルトラ保守という感じである。

(必ずしもそれが悪いということではない。

それは日本国の鉄壁の守りを意味するからである。)

 

 

もちろん霞が関もその中心から少し離れれば開放的になってくる。

 

 

こちらは日本最初の超高層ビ霞が関ビルディング1Fの

霞ダイニング正面。

周辺がこのように再開発されると、

中心の保守性はますます際立つようになっている。