滋賀県近江八幡市のアイサさんを訪問させていただきました。
アイサさんは(ちょっと長いですが)
アールブリュット・インフォメーション&サポートセンター
の略で
障がいのある方のアート作品に関する相談窓口です。
アート作品の製作に関することから、展示や二次使用に関すること、
作家の方の権利保護に関することまで
トータルのサポートを行っておられます。
今回は弊社の製作するカタログに
作品の写真を使わせていただく際に必要な手続きを
相談させていただきました。
ありがとうございました。
先日都庁の地下にオープンされたクルミルさんを
訪問させていただいた時に見上げた風景。
高層ビルだらけで息苦しい東京の中でも
都庁のビルはとりわけ威圧感があるような気がする。
鉄とガラスとコンクリートで練り上げられているというより
几帳面に切り出された大きな石の塊が
端正に延々と積み上げられている感じである。
それは巨大で整然とした都市の統治機構の象徴で
その地下の人影は虚ろである。
未来への希望を宣言するモニュメントは
幾重にも閉ざされた広場の真ん中で失速している。
この建物は統治の象徴として
あまりに完成度が高いので
その前では年中様々なシュプレッヒコールがあるようだが
それらの声は鉄壁の庁舎に完璧にこだまして
それを叫んでいる人たち自身を酔わせているだけだろう。
と、都民でもなく都政とも縁のない私にとっては
どうでもいいようなことを考えながらうろうろしていると
日が暮れてきて
新宿の夕焼けも案外きれいだなぁ、とか少し思っていると
つるべ落としに日が暮れて
ホテルの窓に灯るあかりが季節外れの蛍の光・・・あっ
そうだ、もう帰らなきゃ!
新幹線を使うとはいえ、
それでも東京から京都までは
東海道53次の端から端までの遠い道のりです。
今回はびわ湖からかなり離れて東京の椿山荘です。
明治の元勲山縣有朋が趣味ではじめた庭を
大正時代に財閥の藤田男爵が恭しく受け継ぎ
それが昭和に藤田興業・藤田観光に受け継がれ
平成にはそんな日本近代史には興味のないフォーシーズンホテルと
全く噛み合わないままお別れして現在に至る椿山荘。
今にして思えば
ここから見る元外資系の超高級ホテルはかなり目障りだ、
と庭のカラスが言っているような気がする。
明治から平成への時代の変遷の中のどこかで
椿山荘は何か選択を間違えたのだろうか。
多少老朽化し始めてはいるが
このホテルはホテルとして素晴らしい。
窓の外に見る庭園の景色も見事である。
でも、その見事さこそが間違いだったのかもしれない。
ホテル側から見ればこの庭は見下ろすのに適している。
でも庭の側から見ればこのホテルは見上げるのに適していない。
元帥陸軍大将の庭は上から見下されるのを望まないのである。
そもそもこの丘の上の庭が見下ろされるようなことが起きるとは、
明治の伯爵も大正の男爵も想像さえしていなかっただろう。
明治から平成の間で起きた視線の変化。
奉公人の子がそれまでの支配階級を抑えて頂点に駆け上がり、
次にもっと身分の低い商人財閥が金の力でそれを受け継ぎ、
今では金さえろくにもたない一般庶民が
近代建築のテクノロジーに底上げされて
その場所を数十メートル上から見下ろすようになった、
という時代の変遷。
視線はその時代時代に合わせて
少しずつずれていっただけなのに
100年以上経った今では
そのずれが大きな断絶になってしまった、
ということだろうか。
ホテルの窓から見る庭の反対側はビルばかりであるが、
時には屋上にメルヘンがあったりする。
そしてビルと庭がせめぎ合う東京の空の下には
突然振袖が現れたりもする。
毎時毎分毎秒、未来は少しずつ不確かで、
断絶した視線も少々混乱気味である。
・周辺の記事
協同組合ジャパンギフトチェーン(JGC)は設立40周年を迎え、
それに関連して組合運営を長期に亘って支えていただいている
豊美堂澤社長様が通商産業大臣表彰をされました。
先日、その記念式典と祝賀会が東京の椿山荘で行われました。
振り返れば一瞬の走馬燈、
でも思い返せば返すほど感慨の込み上げる40年。
関係者のみなさま、ご来賓のみなさま
ありがとうございました。
そして緊張と感動の式典の後は、華やかな祝賀会
過ぎた日に感謝、これからの未来に希望、
そして今のこの瞬間に乾杯です。
・周辺の記事
都庁の都民広場地下にオープンした
KURUMIRU(クルミル)さんを訪問させていただきました。
こちらは東京都が力をいれておられる
障がい者施設の「自主製品魅力発信プロジェクト」の一環として
先月(2016年9月)にオープンされたお店です。
人口の多い首都東京ですから、集まる製品も幅広く
雑貨店として魅力的な品揃えになっています。
立地も抜群なので外国人観光客も含めて客数は多いです。
プレゼント需要にも丁寧に対応していただけます。
個性的な手仕事の魅力に焦点を当てておられます。
生花を埋め込んだアロマキャンドル。ローズの香りです。
パッケージも含めてよく作りこまれた製品です。
小さな折り鶴を樹脂で固めたピアス。
輸入のカーテン生地で作ったポーチ。丈夫な生地で図柄も豊富です。
ファンの多い阿山隆之さんのポストカード。
この方の作品は個性派の雑貨類のデザインに応用できそうな
高いクオリティです。
多くの人と製品が集まる高い密度が
新たな可能性を開いていく感じがします。
『「悲しき熱帯」の記憶』
川田順造 著
2010年刊 中公文庫
レヴィ=ストロースが訪れてから50年後の『悲しき熱帯』を、
その訳者である川田順造が訪れた紀行文。
雑誌「ブルータス」に連載されていたということなので、
1980年代にはレヴィ=ストロースという名前が
男性ファッションの一部としても
とらえられていたということなのでしょうね。
『今日のトーテミスム』
C.レヴィ=ストロース 著 仲澤紀雄 訳
2000年 刊 みすず書房
『野生の思考』の序説といわれるこの本の内容は<結局、トーテミスムで『未開』を語るなんて、 今時まったくナンセンスなんだよね~>である。
そして問題は
トーテミスムという概念で無理矢理縛って 調べれば調べるほど意味不明になっていく おかしな野蛮人像を作り上げた 人々、学問、社会の偏見にあるということである。
それなら、ナンセンスじゃないものは何かというと それが「構造」で
この本は、親族関係から神話にひろがる「構造」を 順番にたどって行くその過程にある1冊である。
だからこの本は『野生の思考』の序説でもあり 『親族の基本構造』の補説でもあり 『神話論理』の前の前書きでもある。
まあ、「トーテミスム批判」そのものはわかるとしても
そこからあらゆるものを「構造」として考えることが
適切かどうかは別の話で さらに、「構造」だから、それでどうした?
というのも、また別の話である。
『悲しき熱帯』
C.レヴィ=ストロース 著 川田順造 訳
2001年刊 中公クラシックス
人類学関連の多くの有名な著作の中でもこれは屈指の名著であり、その名訳である。
おそらくここに記された若きレヴィ=ストロースの経験は
訳者・川田順造も同じように経験していて、骨身に沁みていたことなのだろう。
レヴィ=ストロースの経験が川田に憑依し、
訳を刻む川田のペン先でレヴィ=ストロースが語っているようだ。
ここにはレヴィ=ストロースと川田という二つの精神が二重写しになっている。
そうなるともはや、著者と訳者の区別は判然としなくなって、
川田でもレヴィ=ストロースでも、どちらでもよくなって、
誰でもよくなったところに、
無名で無数の経験の成れの果てとしての人類学が現れてくる。
その存在感がこの『悲しき熱帯』なのである。 続きを読む “『悲しき熱帯』 C.レヴィ=ストロース 著 川田順造 訳”
奈良市の青葉仁会さん訪問シリーズ。
今回は青葉仁で活躍するアーティストのみなさんです。
青葉仁会さんの本部の施設には、絵画や陶芸などの
作品や製品を作っておられる方が多くいらっしゃいます。
青葉仁会さんのレストランで使われているような実用品から
個性爆発のアート作品まで、作られているものは様々です。
クラフト系の方はわりと淡々と
アート系の方はかなり気ままに
10人いれば10通りの世界観で
作品は生まれ
時には破壊もされます。
この中を歩き回っていると
それぞれは驚くほどバラバラなのに
それらは連続して感じられます
バラバラの色が連続するグラデーションになる。
それは青葉仁の空にかかる一本の虹のようなものなのかもしれません。
地を耕す畑の道、6次化で広がる産業の道、空にかかるアートの道
それらすべてが AO-HANI Way
そして我が道を眠る。。。