『交易する人間(ホモ・コムニカンス)』今村仁司 著 2000年刊 講談社選書メチエ

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交易する人間1

 


『交易する人間(ホモ・コムニカンス)』

今村仁司 著
2000年刊 講談社選書メチエ

 

人が生まれて、今ここにあるということは、
既に命を受け取っているということである。

そしてその受け取り手として、人は生まれた時から「いのち」の負い目を負っている。

生命の贈与を受けた者として、人には命を次に受け渡す義務がある。

それは子孫への譲渡か、神への返済か、あるいは負い目を共有する者たちとの交易か。

「いのち」は別の「いのち」へと変わっていく。
変わりながらも変わりなく「いのち」は永遠の相の下にある。
そのような血と祈りで繋がれた贈与の世界が、
生産と交換に特化した市場世界へと大きく塗り替えられていくのが近世や近代と呼ばれる時代である。
牛や豚が単なる肉として市場に並ぶようになると、
その隣に人も並べられるようになり、
すべての「いのち」は貨幣で計られるようになった。

あらゆる「いのち」が貨幣の下で平等になり、
大量生産され大量消費されるようになった。

人は自らが作り上げたシステムによって疎外されているのだが、
そのシステムがあまりに見事に圧倒的な豊かさを夢見させてくれるので、
もう自力ではそこから抜け出せなくなっている。
そのような現在の状況に個人的に不満を述べる人は多い。
病気になったり、自殺したりする人も多い。
それでも、それ以上に増え続ける人口の方が圧倒的に多い。

豊かさの壁は高い。

 

 

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『文化の解釈学』 C.ギアーツ 著 吉田禎吾・柳川啓一・中牧弘允・板橋作美 1987年刊 岩波現代選書 訳

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文化の解釈学2

 

『『文化の解釈学』
C.ギアーツ 著 吉田禎吾・柳川啓一・中牧弘允・板橋作美 訳
1987年刊 岩波現代選書

 

アメリカの人類学を大きく方向付けたギアツの主著。
優れたフィールドワークと、そこから多角的に展開される分析、
さらに文化と人間の普遍的な関係へと踏み込み、
文化に還元される人間、文化という人間に至る。

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改訂新版『文化人類学』内堀基光 奥野克巳 編著 2014年刊 放送大学教育振興会

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文化人類学テキスト2

 

改訂新版『文化人類学』
内堀基光 奥野克巳 編著
2014年刊 放送大学教育振興会

放送大学教育振興会

放送大学の2014年版のテキスト
15回分の講義の内容で、文化人類学の幅広いテーマが取り扱われている。
7人の講師による講義内容も変化に富み、毎回興味深い。貴重な映像も見られる。
(ただし、先生方の話し方がかならずしも上手いとは言えないのと、
貴重な映像ではあってもインドの蛇踊りの映像に興味を持つ人もまた貴重
であるという弱点もある)
「文化人類学」の講義は昨年よりもかなりパワーアップした印象である。

贈与に関しては、主に第12回の「人と人のやりとり」で扱われている

2014年の春に放送された講義には
「日本政治外交史 2013」「現代の国際政治 2013」
「地中海世界の歴史 2009」「21世紀メディア論 2014」
「人口減少社会のライフスタイル 2011」
「エネルギーと社会 2011」
「格差社会と新自由主義 2011」「音楽・情報・脳 2013」
「舞台芸術への招待 2011」
など、他にも面白い講義は多い。

 

 

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『菊と刀』 R・ベネディクト著 長谷川松治訳 1946年刊行

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菊と刀

 

『菊と刀』
R・ベネディクト著 長谷川松治訳
原題はThe Chrysanthemum and the Sword
-Patterns of Japanese Culture-
1946年刊行 日本語訳は1948年

 

この研究をしている間、ベネディクトは一度も日本を訪れたことはなかった。
ただ本を読んで、映画を見て、日系移民に聞いてみただけだった。
そんなことで日本の何がわかるのかという批判もあるだろうけれど、
その頃日本に住んでいたどの日本人よりも、
太平洋の向こう側にいた彼女の方が客観的に日本を把握していたように思われる。

部分的には見当はずれなところがあったとしても、
この研究のもつ鋭さが減じるわけではない。

逆に限られた研究環境であったからこそ、
思いきった視点で深く切り込めたのかもしれない。
そして戦争中の敵国民が対象であるにもかかわらず、
その冷静な分析の姿勢には学者としての誠実さを感じる。

 

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『純粋な自然の贈与』中沢新一 著 1996年 刊 せりか書房

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純粋な自然の贈与4

 

『純粋な自然の贈与』
中沢新一 著
1996年 刊 せりか書房

 

何だかよくわからないけど印象的で美しくもあり
思わず手にとってみたくなるような
この本の表紙のデザインは、 (もちろん本のデザインとはそうあるべきだ)
紙の専門商社である竹尾が毎年行っている展示会のポスターからの引用である。
(制作は原デザイン事務所・原研哉)
原デザインのサイトによると、このポスターは
「金箔や果実の表皮などのテクスチャーを印刷プロセスに合成」して
作られたもので、
「リアルなテクスチャーを付与することで、抽象的なオブジェクトは不思議な実在を帯びてくる」
ということである。
本の表紙カバーに印刷されてしまうと、
そのテクスチャー云々というのはわかりにくくなるが、
そう言われればテクスチャーが…という気がしなくもない。

 

p31-3

まあ、本の内容から考えて
<自然>である「果実の表皮」と人間の<文化>である「印刷」との接合点
というような意味が込められているのだろう。

 

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『贈与と市場の社会学』 伊藤幹治 他 著 1996年刊 岩波書店

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贈与と市場の社会学2

 

『贈与と市場の社会学』
伊藤幹治 他 著
1996年刊 岩波書店

 

岩波講座「現代社会学」シリーズの1冊
編集委員は、井上俊、上野千鶴子、大澤真幸、見田宗介、吉見俊哉
著者は、伊藤幹治、山本真鳥、橋爪大三郎、竹沢尚一郎、前川啓治、
草野厚、足立眞理子、上野千鶴子、山崎カヲル

1996年頃は、まだ岩波書店も元気があって、
社会学というタイトルで全26冊という大型のシリーズを
企画して出版できていたんだなぁ。

帯には「社会学のイメージを一新する知の饗宴」
などという大仰なことも書いてある。
日本の「知」が
岩波書店という名のもつ重力に引きよせられて饗宴していた時代。
時代とともに「知」のありようは大きく変わり、
岩波書店も少し変った。

かつて「知」の流れは活字として、
大きな岩波ダムに湛えられる水だった。
今の「知」は、その大方が見えない水蒸気になってしまい、
どこにでもあってどこにもない、捉え難い電子の何ものかになった。
湛えるべき水を失った岩波ダムは、
少しだけ形を変えて、とても小さくなった。

テーマが<贈与と市場>なので、
話題の中心はモース、マリノフスキー、ポランニーということになる。
そして、<贈与な社会>が<市場な社会>に変わっていく
過程のようなものをこの本から拾い出すと…

「贈与=交換」という
儀礼的まどろっこしさに満ちた行為を中心とした社会は、
神との人と人との三角関係で、
先史時代から供犠やら破壊やら蕩尽やらで生と死の世界をまたいでいた。
そこにたった一点の神と宗教組織(教会)が現れて、
生と死を区切り、儀礼と神への贈与独占し、
その独占が土地や貨幣といったものに限定されて蓄積された。
そこに集まったものは、一旦この世と縁を切られた財となり、
それまでの贈与的な世界から解放された
財は自由になり、自在に使われるようになった。
そして革命やらなんやらで教会そのものがこの世から切り離されて、
自由自在な経済だけが、人と人だけの不安で不安定で、
寂しく冷たい関係とともに、この世界に残された。
というような図が一応描けるかな、というようなことである。

 

 

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『人類学的思考の歴史』 竹沢尚一郎 著 2007年刊 世界思想社

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人類学的思考の歴史2

 

『人類学的思考の歴史』
竹沢尚一郎 著
2007年刊 世界思想社

 

人類学の150年に関する
一行一行の密度が高く
しっかりと地に足のついた
信頼に足ると思える解説書

たいして売れることもなく、
ほとんど一般には知られることもないだろうけれど
図書館の書架には長く定位置が確保されるような類の本である。

 

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『呪われた部分』 G.バタイユ 著 生田耕作 訳 1973年刊 二見書房

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呪われた部分5

 

『呪われた部分』
G.バタイユ 著 生田耕作 訳
1973年刊 二見書房

 

ジョルジュ・バタイユ著作集の第6巻

この本(著作集)に関しては、まず装幀。
村上芳正氏によるもので
これがかっこいい…

 

呪われた部分6 呪われた部分3 呪われた部分9

 

シリーズのタイトルも『眼球譚』に始まり、『死者』、『聖なる神』、
『呪われた部分』、『エロティシズム』などが並んで最後が『神秘』…
と重厚。
アナログ文化が最後の輝きを放っていた1970年代出版物の
ややレトロな感じも魅力で
全15巻を揃えてガラス扉のついた書棚に
厳かに並べておきたくなる。
そもそも今の時代では、そんな書棚もまたレトロな存在で
<箱入りのバタイユ著作集がズラリと並んだ書棚の置かれている書斎>
などというものは偏執的な登場人物を象徴するドラマやアニメの設定
くらいにしか使い道がないかもしれない。

そして一応、(著者が述べるには)これは経済学に分類できる本なのに、
翻訳が孤高のフランス文学者生田耕作先生による格調高いもの!
(「訳者あとがき」によると、原文があまりに平明で明瞭なので
難しく書くことを得意とする先生は翻訳に困ってしまったということだ)
そしてこの著作集が既刊書のラインナップに並んでいることが
とても異質な感じがする二見書房による出版。
二見書房の他の本と言えば『誘惑の瞳はエメラルド』とか『愛の服従』とか
『情熱の炎に抱かれて』とか『その言葉に愛をのせて』とかで、
確かにそれはバタイユの『眼球譚』とか『ジル・ド・レ論』とか
『エロティシズム』とか『言葉とエロス』とかと
つながってはいるけれど、多分ものすごく飛躍もしている。
(この著作集は、二見書房が単なるエロ本屋ではなく、
由緒正しいエロ出版社であることを示す定礎のようなものなのかもしれない。)

 

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『親族の基本構造』 C.レヴィ=ストロース 著 福井和美 訳 2000年刊 青弓社

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親族の基本構造

 

『親族の基本構造』
C.レヴィ=ストロース 著 福井和美 訳
2000年刊 青弓社

 

「訳者あとがき」や索引まで入れると900ページを越える、なかなかたいそうな本です。
装丁もしっかりとしていて、価格は14000円+税もします。
で、何が書いてあるかというと
<すべては交換である。それも「女」の交換である。>
という
ただそれだけなのですが
そのことを言い切るために
世界中に数限りなく普遍的に存在するインセストの禁忌を調べ尽くした
ので
こんなに長くなってしまいました
ということです。
その一点に還元するためには
それ以外のさまざまな説をひっくり返さなければならない
ので
数学者を呼んできて
ムルンギン型体系の婚姻法則はこの代数じゃ、まいったか!
という華麗で強靭な力技も使うことになりました
(と言われてもよくはわからないんですけどね)
ということです。

逆にいえば
世界の最大の禁忌の体系群を
バラバラにしながら
そのすべて飲み込んでしまう大きな渦の中心
何もないゼロの地点を発見した
とも言えます。

モースは贈与を<全体的社会的現象>と述べましたが、
レヴィ=ストロースはその全体を
さらにまとめて
たったひとつのことにしてしましました。
とても過激な展開のようですが
一事が万事なら万事は一事
ということなのかもしれません。

それにしても、
このただ一点の禁忌に向かう思考の傾斜には、
極めて特別なものを感じてしまいます。
個人的なものと、それに連なりながら、それを突き抜けた力。
それに貫かれた一点。
その思考の傾斜の終わりに現れる「結論」には
こうあります

「人間の思考を知らぬ間にかたどるその力は、
この夢に描かれる行為がいつどこでも文化によって押しとどめられて
一度も現実になされたことがないとの、まさにその事実に根ざす。」
「無秩序への、むしろ反秩序への欲望の、それは絶えざる表現なのである。
祝祭が社会生活の乱脈さを模擬するのは、社会生活がかつてそうであったからでなく、
一度もそうなったことがなく、これからもけっしてそうなりえないからなのだ。」
「いずれの神話も人が自分とのあいだでだけ生きていける甘美な世界、
社会的人間には永遠に与えられることのないその幸福感を、
過去か未来かの違いはあれ、等しくたどり着けない果てへと送り返しているのである。」

レヴィ=ストロース個人が見ようとした文化の果ての果てにある<夢>が、
人類と人類学の見てきた長い長い<夢>と重なり合い
始まりでもあり終わりでもある場所に
この本は生まれたのではないかという気がします。
そして、それは後の『神話論理』の始まりを予感させるものでもあります。

 

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