びわ湖周辺の美しい落日の風景。
夕方、かなり曇っていたのですが
夜になる前の最後の10分
大きく空が焼けました。
瀬田川のマジックアワーです。
目の前を屋形船が通過。
楽しそうな宴会の歓声が岸辺まで響いていましたが、
どこかこの世の風景から隔絶しているようにも感じられました。
2018年7月25日 大津にて
東近江市川合町。
周囲には田んぼと高速道路しかないような場所に、
この大きな復元古墳はあります。
高さ6m、直径57m。
表面は45000個もの葺石で覆われ、
並べられた円筒埴輪も400本近くあります。
5世紀後半に築造された円墳です。
何だかわからないけれど
やたら壮大な儀式が行われていたような
いかにも古代遺跡という感じの場所です。
中国か南米か西アジアか琉球かどこかの
消えた文明の跡か
あるいは新興宗教のモニュメントだと言っても通じるような
抽象的で普遍的な遺跡っぽさがあります。
(何もないから見晴しはとても良い)
(復元された円筒埴輪は信楽焼)
この久保田山古墳は、
隣にある同じく復元された雨乞山古墳とセットで
「あかね古墳公園(悠久の丘蒲生あかね古墳公園)」
と呼ばれていますが
ここには広い駐車場と小さなトイレ以外の設備はありません。
古墳がほとんど全てを占める「公園」です。
あまりに壮麗な古墳だったので
その復元をしただけで
悠久のロマンも事業予算も尽きてしまったのでしょう。
(こちらは復元された雨乞山古墳)
東近江市の蒲生にあるガリ版伝承館。
明治の中頃にガリ版(謄写版)印刷を発明した
堀井新治郎親子の住居だった場所です。
母屋と洋館といくつもの蔵が並ぶ大豪邸。
さらに周囲には一族の屋敷も並んでいたということです。
かなり大きな成功だったようです。
和洋折衷の特徴ある洋館はもちろん興味深いですが、
朽ちかけながらもまだ形を残す蔵も印象的です。
中でもこの3番の蔵はおもしろい。
これだけがコンクリート製!
古い蔵を昭和になってから補強したように見えます。
なぜそんなことをしたのか?
考えられるのは戦時中の空襲対策。
かなり田舎なので、普通ならそんなことは考えないでしょうけれど、
近くに陸軍の八日市飛行場があったことと、
印刷機に軍事需要があったことに関係するのかもしれません。
日野町にある近江鉄道の朝日野駅。
八日市と貴生川を結ぶ水口蒲生野線というローカル路線の中の
1日の乗降客が数十人というさらにローカルな駅。
夏草のジャングルに覆われて、
もうすぐその存在が忘れられてしまうのではないか、
と少々心配になるような駅である。
静かである。
無人である。
「駅舎」というか、ただスレートの仕切りがあるだけで、
列車を降りると目の前は砂利道である。
もちろん駅前のビジネスホテルやコンビニもなく、
自動販売機さえない。
それでも、駅名がありホームがあり、
夜には明かりも灯り、定期的に列車が停車し、
全員が顔見知りの毎日の乗降客がある。
「駅」というものが成立するミニマムな条件は、
それで整うのである。