神の使いとされる奈良公園の鹿はかわいい。
特に小さな鹿はとびきりキュートである。
でも、この鹿が道路を渡るので
周辺の自動車の交通には危険でもある。
さらに問題なのはこの場所が奈良の行政の中心でもあるということ。
東大寺や興福寺などの国宝文化財群と
県庁、県警、税務署などの行政機関、
鹿と住民と観光客がみんな一か所に集まる。
だから交通標識がとてもややこしくなる
鹿に注意をしろというのはわかるが、
これではどこをみていいのかわからない・・・
まあ、それが奈良だ。
どうして、そんなにややこしいことになっているのか。
それは百何十年か前に、
明治政府が奈良の強大な仏教強勢力と
この道路をはさんで角を突き合わせていた結果なのだろう。
長く平和だった日本では、有力寺院に多くの寄進が集まっていた。
明治の新政府がその権力と財力を奪取しようとしたのが
当時の廃仏毀釈の一側面であった。
太政官布告という御神託×警察の武力による脅し×税務署の取り立て
釈迦如来と左右の菩薩が優美な釈迦三尊像なら
県庁とその脇を固める警察・税務署は
近代権力の鋼の三尊像であった。
廃仏毀釈の嵐の中、寺院の土地は取り上げられ
この興福寺の五重塔も
何十円かで売り飛ばされてしまうという噂まで出た。
(日本も少し前までは宗教原理主義の国であったということだろう)
でも、そんなややこしく血なまぐさい話は鹿には関係がない。
鹿は草を食み、仲良く歩き、ゆったり群れる。
そして人間の事情は完全に無視する。
それが鹿の原理主義。
さすが神の使いである。













