現在でも出産は一大事ですが、昔の出産は生と死の境界をまたぐ
大きな試練でした。
それは生命の根源に近づく極めて非日常の行為でしたから、
大きな穢れであると認識されました。
だから出産には隔離が必要でした。
妊婦は使う火を分け、出産のための小屋(産屋)にこもりました。
その場所は注連縄の結界で厳密に区切られました。
出産は、平和で穏やかで退屈で整然とした日常とは次元を異にした、
生と死が混じり合う荒々しいカオスだったのです。
その試練を超えて産屋を出る時、
一人の女性は、一つの新しい命を抱く一人の新しい聖母となりました。
産屋という異空間からもとの世界に戻るというのは、
今でいえば宇宙からの帰還にも等しい感覚だったかもしれません。
現代の出産が決して簡単なものになったとは言えませんが、
出産は日常の延長の医療行為の一部として
クールに処理されるようになりました。
だからできるだけ早くもとの日常生活に戻ることが目指されます。
パステルカラーになった出産には、
おどろおどろしい結界や儀礼なんてまるで似合いませんが、
出産のBefore/Afterでは戻るべき日常の質は大きく変わります。
参考文献:『日本の通過儀礼』 八木透:編 思文閣出版 2001年
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