戦の時代が終わって100年後、
元禄時代のおそらくはとても平和だった山里に
この忍術屋敷は建てられた。
それから300年、
その屋敷は同じ場所に
しっかりと建っている。
今の時代から考えると築300年の個人住宅が
こんなにしっかり建ち続けているというのは驚きだ。
どんでん返しや落とし穴といった仕掛けは
300年間揺るがない堅牢な土木建築の基盤があってこそ
可能になった応用技術といえる。
その基盤技術は寺社建築の1000年、
城郭建築の数百年に通じるものだろう。
では平和になった元禄の時代に
時代錯誤の戦国仕様のこのような建物が
建てられたのは何故だろう。
それは300年前の甲賀望月一族による
祖先の技術と栄光に対するオマージュだったのではないだろうか。
平和になり失われ忘れられそうになっていたものだからこそ
彼らは持てる技術と財力のすべてをここに注ぎ込んだのではないだろうか。
それは自らのアイデンティティの大切な確認作業でもあっただろうし、
どうしても後の時代に残しておきたかったものだったのだろう。
そこには寺社への信仰と同じような祖先への信仰があったのだろうし
だからこそ300年も建ち続けているのだろう。
(もしかしたら、薬売りで裕福になった当主の
単なる道楽だったのかもしれないが…)
その300年前の堅牢な志は受け継がれ
甲賀には今も小さな忍者がたくさん駆け回っている。
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