橋マニアの歓喜 ~隅田川 屋形船~

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隅田川で屋形船に乗ると、輝く夜景や

華やかな観光船に出会える。

 

 

そしてライトアップされた個性的な橋の数々を次々と

地上とは違う角度から眺めることができる。

 

 

橋に対する思い入れが強い者にとって、

これは至上の喜びである。

 

 


 

シリーズ『隅田川に架かる橋』

 

スタジアムのひな型 ~浅草文化観光センター~

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浅草文化観光センターは雷門の前にある8階建ての複合施設である。

日英韓中の4か国語対応の観光案内があり、

外貨の両替所やチケット販売、観光客用のトイレ、授乳室などがある。

 

 

木材を多用した特徴的なデザインは、

新国立競技場の設計者に決まった隈研吾によるもの。

 

 

8階の展望テラスは無料で、スカイツリーや浅草寺、浅草の町が見渡せる。

 

 

この建物ができた時には、まさかこの意匠の延長線上に

オリンピックスタジアムが出来上がるとは誰も思っていなかっただろう。

この機会に<観光センター>という名称も

「浅草観光スタジアム」に変更すれば、

オリンピックに向けてさらに知名度が上がるかもしれない。

 

 

雷様の行き交うところ ~吾妻橋~

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駒形橋はスカイツリーが良く映えるが、

一本上流の吾妻橋はアサヒビール本社ビルとの組み合わせがおもしろい。

赤と金でかなり派手である。

 

 

金色の本社ビルはビールジョッキ、

屋上のモニュメント(メンテナンス中)が有名な

スーパードライホールは聖火台と炎を表しているらしい。

 

 

しかし吾妻橋に施された雷のモチーフや

対岸の雷門や神谷バーの電気ブランのイメージと連動して

このビルも巨大な風神雷神のようにも感じられる。

 

 

ここは両岸を風神雷神が行き来する華々しい場所。

だからこの橋は特別派手な赤い色なのである、と考える方が

ビールジョッキのイメージよりしっくりくる。

 

 

それにしても、この橋に取り付けられている街灯は

とても秀逸なレトロモダンの意匠だ。

ピカピカッとカミナリ光線を発するUFOのようである。

 

 

響き合う建築 ~駒形橋~

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昭和2年(1927年)に関東大震災後の

復興計画のひとつとして架けられた駒形橋。

背景に聳えるスカイツリーが良く似合う。

古い近代建築と新しい近代建築が時代を超えて

共鳴しているような感じである。

 

 

永代橋に似た雰囲気だが、永代橋が橋上の大きなアーチひとつで

力強く作られているのに対し、こちらは路面上下3連のアーチで

組み立てられ、やや優雅な感じである。

 

 

 

ミニマムの魅力 ~浅草 花やしき~

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日本最古の遊園地「浅草 花やしき」

5分で一周できる敷地にアトラクションを詰め込んだ

ミニマムな施設である。

 

 

開園は嘉永6年(1885年)

当初は上流階級向けの植物園で、

敷地は現在の10倍以上あったらしい。

世界有数の園芸文化都市だった江戸の大型植物園が

<花屋敷>だったのである。

 

 

その後、東京には大型の公園がいくつも作られ、

花やしきは見世物小屋や各種アトラクションを充実させていく。

 

 

そして今世紀、大型テーマパークの隆盛などにより運営会社が破たん。

現在は地元企業であるバンダイナムコの子会社によって運営されている。

 

 

紆余曲折の中で花やしきは

自身の価値を突き詰めて考えていくようになったようだ。

 

 

歴史があり、地元に根付き、名前が有名、

コンパクトでアクセスが良く気軽に遊べる、

といった価値である。

 

 

そんな遊園地だからこそできるのが、

貸し切り<ルミヤシキ>である。

100名様70万円より

ライトアップのみなら20万円からという手軽さで

夜の遊園地をまるごと借りられる。

法人などのパーティー需要を取り込んで盛況のようである。

 

 

ただ、電飾をすると裏にあるホテルと

見分けがつきにくくなるのが難点かもしれない。

 

 

全通・JGCグループオーナー会議 2017秋

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全通・JGCグループのオーナー会議に参加させていただきました。

 

 

場所は浅草のビューホテルです。

 

 

前半では家電の大手ボランタリーチェーン

「コスモスベリーズ」の三浦会長様にご講演いただきました。

後半の会議では、規約の見直しなどについて話し合われました。

 

 

浅草ビューホテルは現在大きく改装中ですが、

改装済みのエリアは和モダンの素敵な印象になっています。

 

 

浅草に多いインバウンド需要にぴったりの雰囲気です。

 

 

ここは見晴らしの良さも魅力で、20階には眺望室も設けられています。

 

 

 

 

『紀元2600年 消費と観光のナショナリズム』 ケネス・ルオフ 著 木村剛久 訳 2010年刊 朝日新聞出版

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紀元2600年 消費と観光のナショナリズム
ケネス・ルオフ 著 木村剛久 訳
2010年刊 朝日新聞出版

 

15年に及び整えられていった総力戦体制は、
意外にも経済を活性化させていった。
紀元2600年(1940年)は、いよいよアメリカとの闘いが
迫って来ていたにもかかわらず
神武天皇を祀る奈良に3800万人もの人が訪れ
東京の百貨店の愛国催事は1日40万人という多くの人で溢れていた。
雑誌は神国日本を称える懸賞募集で盛り上がり、
誰もがラジオに耳を傾け、レコードは2100万枚も売れていた。

消費を一方向に傾けるファシズムは
極めて確実に儲かるバブリーな商売でもあった。
軍隊が国民に戦争をさせたのではない。
国民が戦争で盛り上がっていったのである。

当初は絶対勝てるはずがないと正しく認識されていた戦争が、
いつの間にか<だから負けるはずはない>にひっくり返っている。
戦場に行かなかった市民もまた戦犯だった。
近代の戦争は政治家や軍人が勝手に起こせるものではない。
近代メディアと近代兵器の凄まじい発達に
愛国の熱狂が混じり合って戦争に点火したのである。
そしてその状況の根本は今も変わってはいない。

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『1940年体制(増補版)―さらば戦時経済』 野口悠紀雄 著 2010年刊 東洋経済新報社

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1940年体制(増補版)―さらば戦時経済
野口悠紀雄 著
2010年刊 東洋経済新報社

 

軍と政治家と官僚が三つ巴で争い、そこに財界や右翼も加わって
てんやわんやになりながら、それでも戦争には負けるわけにはいかないので
そのために総力戦体制が組み立てられていく戦時期。

それぞれの勢力の思惑はとんでもなくバラバラで
裏切り、暗殺、テロ、謀議を繰り返しているのに
それでも産業技術は生産効率という指標一つに集約されて飛躍する。
生産が効率的な軍需品に特化されると、
日用品も食料品も娯楽もなくなって、
消費市場のない生産だけの世界が現れる。

みんな等しく貧しくなり、

日本はひとつの究極の軍需工場になった。


お金が無くて貧しかったのではない。
ご婦人もお子様も総出で働かなければならないくらい人手不足で
忙しかったのであるが、
所得は貯蓄に回され、それが再び軍需工場にだけ投資され続けて、
買うものがなかったのである。
敗戦後には軍は解体、政治家は追放、財閥も押さえつけられて、
官僚と総力戦体制は生残り日本の社会に深く根を張った。
作るものは変わったがシステムは究極の軍需工場のままであった。
それは国民皆保険や年功序列や銀行貯金や下請けといった
おなじみの制度とともに整然と行進し
等しく貧しかった人々は平等な中産階級になった。

と、そこまでなら苦難を乗り越えたハッピーエンドだが、
物語は幸せな高度成長期を過ぎ、バブル期も停滞期も過ぎて、
平等に高齢化して、人口減少の格差社会に突入している。
1940年と比べると人口ピラミッドもひっくり返っていて、
1940年体制はあまりに遠い昔話なのだが、
次に名付けられるほどの未来の体制には
まだ至ってない。
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『帝国主義と世界の一体化』 木谷勤 著 1997年刊 山川出版社

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『帝国主義と世界の一体化』
木谷勤 著
1997年刊 山川出版社

 

日本が鎖国から海外膨張へと
180度の方向転換をすることになる背景にあった「帝国主義」。
世界の半分が列強の植民地になっていたこの時代に
日本は何が何でもキャッチアップしなければならなかった。
この時代のグローバルな展開から見れば、
260年も日本を統治していた徳川幕府でさえ
地方の島の遅れた支配者に過ぎなかった。
歴史の流れを知っている現代から見れば
維新日本はその始まりから
世界全面戦争を戦うことを運命づけられていたかのように見える。

「帝国主義」の推進力は資本の論理と産業化であり、
それは植民地がなくなった現在も世界を動かし続けている。
ということは100年前の戦争の時代、
主役は帝国主義の国家であるように思えたが、
本当の主役は資本と産業で、
「国家」というのもそれらがつけた
仮面の一つに過ぎなかったということなのだろうか。

今は国家に代わってグローバル企業が舞台の主役である。
今奪い合っているのは限りある世界の土地ではなく、
人々が永遠に続ける<消費>である

 

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奇巌の居心地 ~最高裁判所~

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1974年竣工の最高裁判所。「奇巌城」などとも揶揄される

極めて特異な外観の建物である。

 

 

極端に窓が少ないためか

厳かで脱出不可能な牢獄という感じもする。

とにかく石の塊としての存在感に圧倒される。

 

 

ところが設計者の岡田新一の論文を読むと、

この設計は閉鎖性ではなく流動性を求めたものらしい。

「この空間は向かい合う2方向は壁によって外界から隔てられるが、

それと直角の2方向は開口―窓ではなく―によって

外部空間に連続する。」

 

 

さらにそれは

「日本建築における内外空間の流動的関係に類似する」

ということである。

 

 

確かに正面から見て左手の正面入口の先は、

巨大な2枚の壁で区切られた空間であり、

そこにあるホールは巨大な吹き抜け空間であり、

さらに奥の大法廷にも巨大な天窓があるということなので、

空間の設計としては開かれているのである!

 

 

何があっても壊されない最高の法の支配力の象徴

にしか見えないこの建物は「胎内的な安堵」のある

「古く忘れられた感覚を呼び醒す」ことを

発想の原点にもっているというのである。

 

 

このどこから見ても重苦しい石の塊は、もしかしたら

中の人にとっては、意外と居心地のいいものなのかもしれない。

カッパドキアの洞窟住居のように・・・

・・・それこそまさに<奇巌城>であるが・・・