「 パンセの書庫 」記事一覧

2017.08.19 パンセの書庫

『カント入門』石川文康 著 1995年刊 筑摩書房

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カント入門
石川文康 著
1995年刊 筑摩書房

 

のどにひっかかりそうな小骨をきれいに取り除いて、
おいしいところを無駄なく丁寧に盛り付けた感じのカント入門書。
何しろ理性を批判しながら、
最終的には理性による信仰へとたどり着くという
アクロバティックな展開である。
それをなじみのない哲学用語を用いながら、
わかりやすくかつ噛み応えのあるまとめとしている。
コンパクトではあるが、コンパクトにまとめることの苦労が
伝わってくる労作である。

 

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2017.08.02 パンセの書庫

『国家神道と日本人』 島薗進 著 2010年刊 岩波新書

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国家神道と日本人
島薗進 著
2010年刊 岩波新書

 

近代日本の政府が国民を統治するためのシステムとして磨き上げた天皇祭祀。
神社組織を横糸とし、学校教育を縦糸として
地域と個人を徹底的に組織化して
人々を一枚の強靭な<国民>として編み上げた。
それは素晴らしく緻密で、極めて成功した統治手法であったが、
逆にそれがあまりに強靭過ぎて政府は自縄自縛に陥ってしまった。
それが先の大戦までの経緯である。
戦後、その手法は放棄されたが、
編まれた<国民>が解かれることはなかった。
統治としての宗教が無くなって日本人は「無宗教」になったが、
<国民>の宗教的な起源がなくなったわけではない。
目の前や頭の上から見えなくなっただけで、
<国民>の足下を支えているのは今でも古代から続く祭祀である。
戦後70年以上が経っても、足下の霊脈が枯れる気配はない。
・・・天皇制を廃止するという議論がなされることはない。
・・・それは無条件に信頼されているという意味で<宗教>である。
逆に時が経てば経つほど、変えられない歴史として
国民のアイデンティティを支えるものとしてその力は増していく。
これは「決して緩まないネジ」と同じ 日本人によるすごい発明品のひとつである。

 

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2017.08.02 パンセの書庫

『超マクロ展望 世界経済の真実』水野和夫 萱野稔人 著 2010年刊 集英社 

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超マクロ展望 世界経済の真実
水野和夫 萱野稔人 著
2010年刊 集英社

 

少々安易なタイトルにも思える『超マクロ展望 世界経済の真実』。
<超マクロ>ということで、
話は封建制の行き詰まりから現在の量的緩和にまで及びます。
これはエコノミスト出身の経済学者である
水野氏の経済論をなぞるものでしょう。
それを政治や権力システムの面から萱野氏が補う形です。
饒舌な萱野氏ですが、自分より一回り以上年上の大学の先輩の前では
遠慮気味にみえます。
400年前の世界経済から10年後の日本経済の答えを導き出すのには
無理がありますが、水野氏の話は興味深ものです。
逆に100年単位の節目なら、10年前のことは参考になりませんから、
超長期から短期までバランスよく見ていくことも必要でしょう。
経済の話は、今日明日の稼ぎに直結するので、
どうしても近視眼的になりがちです。
でも、そこから離れないと見えないことも多くて、
見えないと猛スピードで突進してクラッシュしてしまいます。
クラッシュしても何度でも立ち直るのほど逞しいのが
資本主義なのかもしれませんが、
それを制御するシステムが資本主義の中に組み込まれていないのが
恐ろしい事でもあります。
資本主義は不死鳥であっても、
その事故に巻き込まれる人間は不死身ではありません。

 

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2017.08.02 パンセの書庫

『没落する文明』萱野稔人 神里達博 著 2012年刊 集英社新書

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没落する文明

 

没落する文明
萱野稔人 神里達博 著
2012年刊 集英社新書

哲学の萱野稔人と科学史の神里達博による対談。
組合せとしては興味深いし、
それぞれがおもしろい意見を述べられているけれど、
対談のコーディネートとしてはあまりこなれていない気がします。
(書籍としての編集時点での問題かもしれません。)
萱野稔人がホストの立場に徹しているニコ生での対談の方が
<没落する文明>としてはしっくりきます。
(といっても、ニコ生的なちょっと刺激的な放談という感じですが…)

対談の後半で、社会の近代化の特徴として、
人が「身分」から「役職」へと抽象化されることが述べられています。
話の本筋からは、少し離れたところですが、
これはたいへん重要な指摘です。
現代に生きる我々にとっては「身分」などというものは、
とっくに滅びてしまった不自由で非効率極まりない制度に過ぎません。
しかしそれが数百年、数千年単位で社会の基本になっていたのにも、
それなりの理由があったのでしょう。
近代的な「役職」が抽象的でヴァーチャルなものだとするなら、
それ以前の「身分」は具体的でリアルなものだったはずです。
「役職」は制服を着ている間だけの、その場限りのものですが、
「身分」は生まれる前の先祖代々から死んだ後の子孫代々まで
ずっと続くものです。
その二つは質も重みもまったく違います。
ヴァーチャルという意味では「役職」は貨幣やスマホの仲間であり、
リアルという意味では「身分」は宗教やナショナリズムと並ぶものです。
リアルとヴァーチャルの違いは、人がそのことに命を懸けるかどうかです。
もしかしたら、無条件に信じられるリアルを失って、
ヴァーチャルと戯れることしかできなくなっていく状況こそが、
悪魔に魂を売り渡してしまった文明の没落を示しているのかもしれません。
(そんなことはまったく述べられていませんが…)

 

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2017.07.28 パンセの書庫

『永遠平和のために 啓蒙とは何か 他』 カント 著 中山元 訳 2006年刊 光文社 

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永遠平和のために 啓蒙とは何か 他
カント 著 中山元 訳
2006年刊 光文社

 

カントの『永遠平和のために』が出版されてから220年以上が経ち、
世界は多分、当時のヨーロッパよりずっと平和になっている。
厳しい緊張が絶えず発生してはいるものの、
今のところ国家間での戦争らしい戦争はほとんど起きなくなっている。
しかし、現代は220年前には全く予想できなかったほど
複雑怪奇な姿になっていてる。
皮肉にも、カントが戦争を抑止する力になると語った「商業の精神」が原因で、
カントが批判した常備軍とは全く異なる人たちによる殺し合いが起きている。
世界的な貿易の広がりは、世界的な豊かさと世界的な貧しさと、
世界的な武器の流通と、世界的な不安定を生んでいる。
人間の利己心はカントが考えていたよりはるかに巧妙に<進歩>し続けてきたのだ。
にもかかわらずカントは正しかった。
「われわれは〔人間は善き存在になりえないという〕
この絶望的な結論に到達せざるをえない」
と述べていたのだから。
そして、にもかかわらずカントの以下の哲学的結論は変わらないだろう
「法にたいする尊敬の義務を
決して踏みにじらないことを心から確信している人だけが、
人間愛の営みにおいて
慈善の甘美な感情に身をゆだねることが許されるのである。」

 

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2017.07.28 パンセの書庫

『啓蒙都市ウィーン』 山之内克子 著 2003年刊 山川出版社

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『啓蒙都市ウィーン』
山之内克子 著
2003年刊 山川出版社

 

ウィーンは中世と近世・近代への変化が 際立ってダイナミックに起こされた場所であったようだ。
カトリック権力の防壁としてウルトラ保守な宗教都市となり、
戦争に敗れて啓蒙・解放のハイパーリベラルな都市に作り変えられた。
それもマリア・テレジアとヨーゼフ二世という二人の専制君主によって。
そして生まれたのが贅沢と享楽と傲慢の市民階級である。
市民階級の誕生とは、無数のクレイジーで小さな王様たちが
都市に放たれる波のことだったのかもしれない。

 

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2017.07.28 パンセの書庫

『啓蒙の世紀と文明観』弓削尚子 著 2004年刊 山川出版社

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啓蒙の世紀と文明観
弓削尚子 著
2004年刊 山川出版社

「新大陸」の発見により、人間は神の知識を超えた。
用済みになった神は世界の片隅に追いやられ、人類は勝手に大いに繁栄した。
人類は新たに得た知識で夢中になって人類自身を分類し、分析し、
バラバラに分解した。
そしてさらに新しい知識を得て、
人類自身を完全に消滅させることを思いついた。
それが20世紀のことである。
世界のはるか片隅に追いやられた神は、
人類の成功を大いに祝福し、そして密かに呪い続けている。

 

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2017.07.26 パンセの書庫

『定本 想像の共同体』 B.アンダーソン 著 白石隆・白石さや 訳 2007年刊 書籍工房早山 

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定本 想像の共同体
B.アンダーソン 著 白石隆・白石さや 訳
2007年刊 書籍工房早山

ナショナリズム研究に関する基本であり、極めて強力な書物である。
様々な切り取り方ができる厚みをもった研究であるが、
最も基本になるのは言語と帰属意識に関する部分であろう。
不安定で変化の著しい俗語が、書き言葉として固定され、
それが印刷物として流布することで人々の間に「国民」という意識が
抜き差しならないものとして浮かび上がる。
そこでは個人のアイデンティティと国民としてのアイデンティティは、
コインの表裏のように一体である。
「母の膝の上で出会い墓場にて別れるまで、
その言語を通して過去が蘇り同胞愛が想像され
そして未来が夢見られる」のであり、
そこに祀られた国家という観念のために
「途方もない数の人々がみずからの命を投げ出」してきたのである。

 

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2017.06.29 パンセの書庫

『民族とナショナリズム』 アーネスト・ゲルナー 著 加藤節 監訳 2000年刊 岩波書店 

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民族とナショナリズム
アーネスト・ゲルナー 著 加藤節 監訳
2000年刊 岩波書店

 

ナショナリズムに関する極めて強力な分析であり、重要な古典である。
シンプルでしっかりした装丁もこの名著に相応しい。

 

民族とナショナリズム2

 

近代以降の合理的な産業を基盤とする社会を支えるのは、
身分に縛られず変化する産業に柔軟に対応できる流動的な無数の個人である。
地域からも一族からも宗教からも引き離されたバラバラの個人を、
<国家>の下に一元的にまとめるのがナショナリズムである。
ナショナリズムは拠り所を失った個人にとっての
故郷であり家族であり魂である。
だからナショナリズムは何ものにも代え難く人々の心を揺さぶり熱狂させる。
そしてその基礎は国語を中心とした教育によって作られる。
日本の場合には、それに加えて、
<天皇を始祖とする民族としての日本人>という観念や、
それを具体化した国家神道という装置が人々に強く作用した。
ナショナリズムは民族の皮を被った産業主義であると言えるのかもしれない。

 

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2017.06.10 パンセの書庫

『「近代」の意味』 桜井哲夫 著 1984年刊 NHKブックス

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『「近代」の意味』
桜井哲夫 著
1984年刊 NHKブックス

 

近代の産業化と個人の教育はセットで進展する。
産業の規格化が、個人を規格化する教育を促し、
同じ規格品である個人の平等が成立する。
人間社会が産業の機能と見なされていく時、
それまで機能していた社会の階層構造は分解されなし崩しになる。

近代において規格外の存在は不良品として排除される。
その圧力は若者を自殺へと追い込み、
社会を少子化させる。

平等の暴走はテロや革命の発端にもなる。
「俺があいつでないことが憎い」という強烈な歪みが
均質な近代社会の周辺で生まれる。

近代社会の特徴は、そのシステムが自らを加速させる構造に
なっていることではないだろうか。
宗教が規範であった社会においては、人間の感情も余剰生産物も
現世である社会の外の神の世界へ拡散して霧消したのだろうけれど
神のいない世界ではそれらのものは社会の中に止まり、
社会の動きを加速させるエネルギーとして再び使われる。
それは回生ブレーキのようなものか、
それとも高速増殖炉のようなものかはわからないが、
いずれにしても社会の構造そのものが、
その構造と同じ方向へと技術を導いていくように思われる。

 

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