2016.06.1

嵐山で考える

miyakobana

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京都が世界一の観光都市である理由が

いわゆる「おもてなし」にあるとは思えない。

もちろん最高のおもてなしをしてくれる

料亭や旅館もあるだろうけれど

それは京都に限ったことではないし

誰もが訪れる場所でもない。

一見さんお断りの人たちが、世界中の観光客相手に

オープンマインドのおもてなしなんかするはずもない。

 

では、京都が世界一である理由は何なのだろう

 

 

嵐山6

京都は世界一になる前から、

長年ずっと日本一の観光地であり続けてきた。

千年の都として延々観光資源を積み上げている。

観光地としてこなれていて、極めて集積が高いのである。

積みあがった観光資源の中に日常があるというか、

日常がそのまま観光資源になっているというか、

そんな場所である。

 

京都には途切れることのない<文化のしぶとさ>がある。

 

例えば14世紀の前半に建てられ、嵐山復観光の目玉の

ひとつでもある天龍寺は8回も火災に見舞われている。

最終的に今の形になるのは近代明治。そして昭和である。

天龍寺39

とてもしぶといのである。そして復元力が高い。

ただ復元するだけではなく、伝統に新しいものを加えて

<新しい伝統>にアップグレードしてしまう。

天龍寺で言えば、<最新の伝統>は「雲竜図」であろう。

これが描かれたのは20世紀末。

 

燃えては作り直して650年、現在も含めての<伝統>である。

京都の伝統は現在進行形で傲慢に、我が道を進み続けている。

 

変化の速すぎる時代において

先取された未来はすぐにありふれた現在に成り果てるが、

過去に加えられていく現在は、過去の厚みを増すものになる。

厚みを増すしぶとい傲慢さは、世界からの観光に値するのだろう。

 

嵐山11