2018.08.11

『ジェントルマンと科学』 大野誠 著 1998年刊 山川出版社

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科学の愛好家たちによる<みんなの科学>が
サイエンティストと呼ばれるエリート集団にしか理解できない
高度な<専門家の科学>に変わっていった時代の流れ。
それは「近代」が立ち上がっていく過程である。
仕事は工場に、教育は学校に、生活は都市に集約されていく。
この流れが、自律的で強固で不可逆的なものになった時点が
どこかにあったはずである。
伝統的な神や集落や家庭に無言の死刑宣告が下った
不気味で明るく巨大なパラダイムシフト。

 

 

以下、本文より・・・

 

・サイエンティストという造語にあらわれているように、
「第二の科学革命」は、科学研究を職業とする人たち、
つまり「専門的な科学者」が出現する社会の体制が
各国で整備されていった事態をさしている。
→17世紀の科学革命→科学愛好家、自然哲学者
→19世紀の科学革命→サイエンティスト、科学者
・研究者のなかには第一の革命と第二の革命のあいだに
「聖俗革命」が存在したと主張する人もいる
・このヒストリーという語の本来の意味は
事物やできごとを記録するという点にあり、
「時の流れにそって」というような歴史や進歩の観念を
あらかじめ含んでいるわけではない。
・科学を推進したのは、
当時の政治的・宗教的な急進主義に対抗するかたちで成長した穏健派であった。
この時代、とくに懸念されたのは宗派抗争の拡大であり、
穏健派は、対立抗争の原因が宗教上の教条主義や熱狂主義にあるとして非難した。
彼らは党派をこえてなんらかの合意をえることが急務であるとし、
その基礎として科学が明らかにすること神の御業にかんする知識こそが
重要だと考えたのであった。
・科学研究者は、ドグマの陥るとみなした理論や仮説にたいしては、
事実を強調し、断固たるベイコン主義者として振る舞った。
・(王立)協会は主教を経由せずに自由に出版できた
→イギリス
・イタリアからの訪問者にとってもっとも印象深かったのは、
「ツグミの胃のなかで成長した薬草や、
顎髭と白髪のある、なめされたムーア人の皮膚」であった。
珍奇さと希少性は、それ自体、自然誌では学問的な価値があるとみなされた
・科学は錬金術や魔術を否定することによって成立したと
一般に受けとめられているが、そうではなく、
こうした営みのただなかから生まれたのではないか。
・1730年代になっても、フランスではデカルトの世界観が
かなりの影響力を保持していたのにたいして、
イギリスではニュートンの世界観が支配的であった。
・ニュートンにとって自然科学の究極目標とは、
「世界の機構」を解明するだけにとどまらず、
最終的には「まさしく機械的ではない真の第一原因」、
つまり神の存在と機能に到達することであった。
・正確で航海に十分たえうる時計の発明であった。
→ジョン・ハリソン 1735年の第一号機から30年の改良
・商取引上の混乱を避けるために、新暦が採用された。