2017.11.12

紙幣と金塊 ~日本銀行本店 3~

 

 

日本銀行本店の本館の向かいには分館があり、

そこには貴重な貨幣のコレクションを展示する

貨幣博物館があります。

 

 

入場無料なのですが、タダでは入れてもらえません。

高額な金貨などが展示されているということで、

盗難対策のためにX線と金属探知機による所持品検査が必要です。

 

 

検査は少々面倒ですが、見る価値は十分あります。

日本における貨幣の歴史を本物の展示品を見ながら知ることができます。

 

 

現存数が数点しかないといわれる天正菱大判。

取引されるとしたら価格は1億円を超えるらしい。

 

 

徳川埋蔵金伝説などでも有名な分銅金(法馬金)

伝説になっているのはこれの大型のもので1個で162kgもあったといいます。

とはいうものの、重さだけの価値だと時価でたったの8億円程度です。

殿様のプライベートジェットを買うくらいしかできない金額。

20個あっても160億円。一般人には目もくらむような額ですが、

幕府の資金としてはあまりに貧弱です。

それだけモノの価値が変化しているということでしょう。

現物の最上位に位置する大きな金塊でさえ、

採掘の限界を持たない紙幣や

瞬時に増殖できる電子のマネーに支えられた

バブリーな高度金融社会では

相対的に価値を落とします。

 

 

それからこちらは江戸時代の藩札。透かしの技術が使われています。

他にも隠し文字や特殊文字など現在に通じる偽造防止技術があったということです。

 

 

そしてこれは日銀が最初に作ったお札。

大黒札と呼ばれていたそうです。

富の象徴としての大黒が当時も広く認識されていたということでしょう。

 

 

明治18年に作られたこの最初の日銀銀行券は、

現在でも有効だということです。

もちろん古銭としては何万倍もの価値になりますが・・・

 

貨幣の歴史には様々な紆余曲折がありました。

初期の貨幣は中国からの輸入でしたし、

中世には脆弱だった貨幣体系が崩壊して

米が貨幣として台頭し

金銀と並行して進みます。

それに加えて江戸時代には

地域通貨である藩札も流通していますから、

貨幣がいくつものレベルで存在していたということです。

 

 

そして当たり前のことですが、近代以前の貨幣は<手作り>でした。

形式は統一されていたとしても、よく見れば

小判などには作った職人のクセや個性も現れているのでしょう。